恐怖とトレード(1) 恐怖とは何か?

  1. 投資全般

無知は恐怖の親である
 ――ハーマン・メルヴィル

すべての卑しい感情の中でも、恐怖は最も呪われているものだ
 ――ウィリアム・シェイクスピア

「恐怖」という感情は投資とトレードと切っても切り離せない存在だ。この厄介な感情は人間であれば誰もが持っているものであり、恐怖の存在が故に人はためらい、間違い、非合理的な選択を下してしまう。

多くのスポーツでは、対戦相手と力が拮抗しているときに勝敗をわけるのは往々にしてメンタルの強さであり、恐怖をコントロールする力であるとも言える。
プロのスポーツ選手はたゆまぬ練習やトレーニングによって体と同時に心を鍛え上げている。これが如何に難しいことなのかは、学校の校長先生や、会社の上司に長々と言われなくたってわかっている。わかってすぐにできればこんなに楽な話はない。

しかし悲観的になることはない。恐怖は人間に備わっている基本的な性質であり、生きていくために欠かせないものだ。恐怖を支配する必要はない。
重要なのは恐怖そのものを理解し、恐怖が発生する仕組みや対処法を知ること。そうして自分や他人の恐怖を理解することは、投資とトレードの世界では――あるいはスポーツやビジネスの世界でも――成果を出すことに直結する。

本連載は「恐怖とトレード」をテーマに恐怖を理解し、トレードに活かせる具体的なアイディア・手法・行動にまで落とし込むことを目的にしたものである。恐怖を克服することを目指すものではないことに注意してほしい。メンタルマネジメントや精神論も重要ではあるが、本連載では基本的に論じず、あくまでも恐怖という現象がいかに発生するのか、なぜ発生するのか、それにより人はどのような行動を取るのかと、そして我々はどうするべきなのかといった事実や事実から導き出される結果に焦点を当てていく。

連載1回目の本記事では、恐怖そのものがどういった感情であるのかを掘り下げる。

我々はどうして恐怖という感情をを持っているんだろう?
恐怖とはそもそも何なのだろう?


恐怖を感じると人はどうなる?

何はともあれ「恐怖」で辞書を引いてみる。

[名](スル)おそれること。こわいと思うこと。また、その気持ち。「恐怖にかられる」「人心を恐怖せしめる事件」「恐怖心」

https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E6%81%90%E6%80%96/

これでは何もわからない。
「おそれること。こわいと思うこと」とは何を指しているのだろうか。
ということでここで辞書の役目は終了。心理学の力を借りることにする。

恐怖とは心理学用語では情動(emotion)と呼ばれる反応の一種である。情動とは、人に入力された特定の刺激によって引き起こされる
・生理反応(自立神経系、免疫系、内分泌系の反応)
・行動反応(接近、会費、攻撃、表情、姿勢など)
・主観的情動体験

の3つからなる短期的反応のことを指す。

具体的には、以下の3つの一連の反応が恐怖という情動になる。
・恐怖を感じたときに特有の反応が起こり(生理反応)
・恐怖を感じたときに特有の行動を起こし(行動反応)
・それが恐怖の体験として記録される(主観的情動体験)

たとえば高所での恐怖体験を想像してみる。

あなたは今、吹きさらしの細い梁の上に 立っている。
曇り空の下、眼下には小さく人の影が見え、こっちを見ているようにも見えるが小さすぎてよくわからない。
耳元では風がビュービューとなっていて、梁は風に合わせてギイギイと音を立てている。
もっと強い風が吹こうものなら今にも落ちてしまいそうだし、この梁だっていつまでもつかわからない。
落ちたら待っているのは確実な死だ。

足がすくむ。
手はじんわりと汗をかいている。
心臓はバクバクいっていて、風の音よりも心臓のドクンドクンという音のほうが大きく聞こえる。
背中には冷や汗が流れている。
目くらまいがする。
肌は粟立ち、とても立っていられない。
自分がどこいるのかわからない。宙に浮かんでいるような気がする。
思考がまとまらない。色んな考えが浮かんでは消えていく。
視野が狭くなった感じがする。こんなに高いところにいるのに、地面が近く見える。
時間が進むのが遅い。

こわい。

これが恐怖による生理反応だ。
“恐怖特有のあの感じ ” と言ってもいいかもしれない。

“恐怖特有のあの感じ ” はひとつの事象ではなく、複数の要素からなっている。人が恐怖を感じているというときには、恐怖そのものを感じているのではなく、恐怖特有の生理反応である “恐怖特有のあの感じ ” を感じていることで、自分が恐怖していることを認識する。

このとき人体の中では自律神経系と内分泌系が慌ただしく活動している。交感神経が内分泌器官に作用し、副腎髄質からアドレナリン分泌される。アドレナリンは血中に放出され、心拍数や血圧の上昇、骨格筋の血管拡張、末梢の血管収縮、気管支の拡張、瞳孔の散大、感覚の麻痺などを引き起こす。その他、副腎髄質から分泌されるノルアドレナリンや、副腎皮質から分泌されるコルチゾールによる作用も多々あり、これらが絡み合って恐怖による生理反応が発生する。

ここまでは恐怖による生理反応を見た。次に「恐怖に特有の行動」には何があるのかを見ていく。

恐怖を感じると人はどうする?

恐怖を感じたときに人はどう行動するのだろうか?
専門家の力を借りて、心理学者のアイザック・マークスと精神科医・神経学者のシュテファン・ブラッチャによる6分類を紹介する。

わかりやすいように、森でクマさんに会ったときの反応を例にする。

  1. 凍結
    動きを止めて状況を注意深く観察する。森でクマさんを見つけて、向こうがこちらに気づいていないときに取るべき行動はおそらくこれだろう。
  2. 逃避
    これはわかりやすい。逃げ出すことによって恐怖の対象から離れる行為だ。人間はクマさんに勝てない。三十六計逃げるに如かず。
  3. 攻撃
    敵を無力化するか、敵が逃げ出すように仕向ける。ゴキブリに対して殺虫剤をかける行為がこれにあたる。ただしクマさんにはやるべきではない。
  4. 服従
    無理!いう通りにするから殺さないで!と降参する行為がこれにあたる。人間には効果があるが、クマさんに対しては効果があるかは不明。
  5. おびえ
    死んだふりのこと。捕食者が油断すれば逃げるチャンスが生じるかもしれない。ちなみにクマさんに対して死んだふりはNG あれは迷信。
  6. 気絶
    自分は無力で、あなたの脅威にはならないから無視して頂戴。という非言語的なメッセージ。実際に女性や子供のほうが気絶しやすいらしい。これもクマさんにやってはいけない。

恐怖による行動は6つのうちどれか1つだけが選択されるわけではなく、複数の要素が常に組み合わさることが多い。
森でクマさんを見つけたらまずは凍結して観察し、逃避するチャンスをうかがう。逃げることができなさそうだったら、死んだふりか、もしくは一か八か攻撃することにする。目や鼻を上手く叩ければ追い払うことができるかもしれない。近くに木の棒か何か、武器になるものはないか?

これが恐怖による特有の行動だ。危機回避のための行動であり、恐怖のアウトプット結果ともいえる。
ここまで見た生理反応→行動反応を経て、恐怖体験が記録されていく。
恐怖についての簡単な説明はこれで終了、と思いきやあと1つ重要な要素が欠けている。

恐怖を感じるためには恐怖対象が必要

恐怖を感じるためには、自身にとって恐怖となる事象を認知する必要があることも明記しておかなければならない。何を当たり前のことを、と思われるかもしれないが、これは極めて重要だ。
人は恐怖対象なくして恐怖を感じない。

これを読んでいる人には仮想通貨トレーダーが多いと思われるので、仮想通貨を例にする。 以下の引用文を見て欲しい。2020年1月14日に金融庁は金商業府令案117条41、42項にこのような改正案を盛り込んだ。

(前略)
「約定時必要預託額」とは、次の各号に掲げる場合の区分に応じ、当該各号に定める額に百分の五十を乗じて得た額をいう。
(中略)
一 顧客が行おうとする暗号資産関連デリバティブ取引のみについて算出する場合当該暗号資産関連デリバティブ取引の額
(後略)

これを見て恐怖を感じる人はどれだけいるだろうか。私にはパッと見ただけでは何が書いてあるのかまったくわからず、「わからない」以外の感情は浮かばない。しかしこれを見て、即座に国内仮想通貨取引所のレバレッジ上限を2倍に制限する話だなと理解した仮想通貨投資家は恐怖を感じた人もいるのではないかと思う。

実際これに反対する人は多く、459人を対象にしたアンケートでは、63%の人が反対している。興味がない層を除くと、86%の人が反対しているという状況だ。

ちなみに本件に関しては、5分でできる仮想通貨レバレッジ規制に対するパブリックコメント投稿(例文付きで詳しく解説しているので、仮想通貨投資に興味がある人は読んでみて欲しい。

とにかく、恐怖対象として認知されないものは恐怖されないという至極当たり前の事実は把握しておかなければならない。
恐怖とトレードを考えるときにこれは大きなポイントになる。
これで恐怖についての基本を理解するための材料は出そろった。

恐怖とは何か?

恐怖とは、以下のプロセスを経て引き起こされる情動である。

  1. 恐怖対象の認知
  2. “恐怖特有のあの感じ ” が発生する
  3. 恐怖によって特定の危機回避行動が実行される
  4. 一連の体験が恐怖体験として記憶される

本連載のテーマは「恐怖とトレード」であり、恐怖そのものについて掘り下げてしまうといつまで経っても本題に入ることができないので、恐怖がいつどこで発生しているのかといった重要要素を無視した内容になっている。
恐怖について詳しく知りたい人は記事末尾の参考文献をあたってほしい。

次回は、恐怖によって引き起こされる危機回避行動がなぜマイナスに働いてしまうことがあるのか、なぜ非合理的な行動になってしまうのか。
具体的な恐怖とトレードが結び付いた行動にはどのようなものがあるのかを見ていく。

BBBでした。



(参考文献)
『「戦争」の心理学――人間における戦闘のメカニズム』
『恐怖の哲学 ホラーで人間を読む』
『白鯨』
『ヘンリー六世』
『脳科学辞典』

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株式会社BBB andCompany代表取締役。本をよく読みます。Twitterでも投資に関する様々な情報を発信しています。フォローしていただけると嬉しいです。

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